ドイツ・ハンガリー・オーストリア(4)

本日は二日目の調査。まだ1日と少し過ごしただけの町ですが一度通った道だともう慣れたような気になってホテルからフリーデンシュタイン城まで揚々と出勤です。本日もまた快晴。高台にそびえるお城が明るく輝いております。フックスさんの後をついて収蔵庫へ向かうと、今日は少し様子が違います。フックスさんとセンセイの会話を盗み聞いているとどうやら来客の予感です。といってもお客さんというよりはインタビューがどうとかこうとか。噛み砕いて説明してもらうと、なんと町の自慢の城が持っている大切なコレクションを日本の専門家が見に来る、ということでわざわざドイツの大手新聞社と、町の地方紙2社が取材にくることになっているのだそうです。センセイはともかくとして我々も取材の対象だということで、自分なんかでいいのだろうか、この人たちは何か大きな勘違いをしているんじゃなかろうかとドギマギしていると、わらわらと本当に取材陣が現れました。さすがにセンセイ以外の若造はどうやら教え子だ、というのは察してもらえたようであまり難しいことは聞かれませんでしたが、珍しいものをみる目にさらされつつの調査開始となりました。

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本日最初の作品は大きな蒔絵の箱です。全体に豪華な蒔絵が施されているきんきらきんのこの箱は香箱と呼ばれるものです。香箱は香道という日本伝統の遊びで使われる道具セット、と言えばわかりやすいでしょうか。香道は数種類のお香の匂いを当てて競い合うゲームで、香箱にはいろいろな種類の札が所狭しと詰め込まれています。

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この札はそれぞれがお香の名前を意味していて、お香の匂いを嗅いだら(香道では「香を聞く」といいます)これかな、と思う札を選んで小さな箱にいれる。10回1セットで「10問中5問正解」といった具合です。香箱は間違いなく日本製で外箱から札の一つ一つまで豪華な蒔絵が施されていますがなんとなくワールドワイドというか、ハデな印象。海外に輸出目的で作られたもので、外国の人に喜んでもらえるようにそんな雰囲気に仕立てたのかな、などと想像を膨らませながら調書を取り進めていきます。ハデではありますが、仕事はとても繊細。外箱は富士山をバックにして、海には船が浮かんでおり、船の上の人が網を海から引き上げている様が見事。

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この人の身長が1cmくらい。この細かさが蒔絵の真骨頂です。江戸時代の職人技に目がまんまるになりつつ、箱の中の札を見てみるとこれもまたため息の出るような仕上がりです。「自分の腕を顧みなさい」と香箱に叱られたような気がして少々落ち込んだりもします。お城のコレクションを代表する逸品でした。

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次に出てきたのは「月」という字の形をした硯箱とカゴの模様が蒔絵された脚の付いた合子(ごうす)です。大胆なデザインの硯箱は複雑な形に合うような水滴までちゃんと納められていて、作り手が楽しんで作っていたような気がします。カゴ型の足付き合子には中に丸い小さな合子が5個はいっています。これの裏を見ると、果実のヘタのようなものが。どうやらこれは柿の実を模した入れ物のようです。名前を付けるなら「柿型合子」ということになるでしょうか。これもまた楽しんで作っている雰囲気が感じられます。

続いて現れたのは両開きの扉がついた蒔絵の小箪笥です。シンプルな幾何学紋や花紋が規則正しく並んでおり、現代の感覚とも近いデザインになっています。この辺りの作品はだいたい明治時代以降、贈り物として日本から出て行った可能性が高いようで、なるほど感覚が現代人に近づいているのもうなずけます。扉の傷みがだいぶ進行していて、これは直さなきゃいけませんねえなんて話をしていると、取材のドイツの方がずいと前へ進み出て「もう少し顔を前に出して、調査っぽい顔してもらえますか?」。記事用の撮影大会です。「センセイは後ろから指導しているっぽくみていてください」とか「みんなの顔が見えるようにちょっとずれてください」なんて言われながら、ホウホウ、これは明治時代の名品ですな、みたいな顔をしてみると「いいですねー」と喜んでくれました。照れくさいですが、日本人の研究者を歓迎してくれているというだけでも嬉しいことで、なんともほっこりとした調査となりました。