ドイツ・ハンガリー・オーストリア(3)

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翌日、フックスさんが迎えに来てくれ、一行は意気揚々とフリーデン・シュタイン城へ向かいます。今日もいい天気です。センセイの「僕が最初にゴータに来た時はね、雪だったんだよ。いやーきれいだったなあ」という話にキラキラ光るゴータの町を想像しながら町を歩くと、さながら映画のセットのようです。是非冬に来たい、と思いながら歩くこと十数分、大きな庭園の奥、小高い丘の上にフリーデン・シュタイン城はありました。白壁に黄色い枠で縁取られた窓が規則正しく並び、張りのあるドーム型の黒い屋根が青空に映えてなんとも荘厳です。きっと200年前もこの姿でここに立っていて、当時の人たちは町の自慢にしていたのでしょう。

わくわしながら門くぐると、そこは白い壁に囲まれた石畳の大きな広場になっていてぐるっと360度フリーデン・シュタインです。うわーうわーと感嘆の声を漏らしながら、正面にある博物館の入り口へ案内され、収蔵庫に向かいます。西洋建築らしい、段の低い石の階段をとことこ上がっていき、学芸員さんしか通らない裏通路を進んで3階の一画へ。収蔵庫は眺めのいい一室にありました。スチール棚が所狭しと並び、各棚には種類によって分けられた漆器がぎっしり詰まっています。印象としては、普通の部屋を倉庫に改造した様なおもむきで、収蔵庫というには簡易的だな、という感じです。

フックスさんの話によると、日本で勉強するまでは何も知識がなかったから、もっと適当に保管してあったのが、かなりいい環境になった、のだそうです。ちなみに、ヨーロッパでは学芸員さん、という言葉はなく、キュレーター(資料収集、企画担当)かコンサバター(保存管理、修復担当)です。フックスさんはコンサバター。日本の博物館にはコンサバターという職がないので、作品の管理がうまくいっていないような状況もあります。是非日本にもコンサバターを。

挨拶もそこそこに、いよいよ日本生まれドイツ在住の漆器達とご対面です。最初に現れたのは代表的な南蛮漆器のひとつである、洋箪笥。直方体のどっしりしたやつで、正面の扉が前に倒れるように開き、中には抽斗(ひきだし)がたくさん付いています。面という面がすべて平蒔絵と螺鈿で埋め尽くされており、南蛮漆器の特徴を良く表しています。この手の箪笥は正直に言って良く見るのでほうほうなるほどね、という感じ。でも状態はいいし、なにより、ドイツでみるとなんとなく本物っぽい雰囲気をまとっています。作品と言うのは鑑賞する環境で違って見えたりするものです。

調書をささっと書いていると、間もなく次の作品が出てきます。出て来たのは弁当箱。弁当箱といっても、会社に持っていく愛妻弁当とは違って、ピクニックする時なんかに使う用に徳利からなにから一式全部そろった豪華なやつです。明治頃に作られたものでしょうか、漆塗膜もまだ新しく、状態はかなり良いです。桜や紅葉、流水などピクニックに似合う模様がたくさん描かれていて、セットをひとまとめにする外枠には透かし彫りで桜の模様が表されています。今作ったらウン百万円でしょうか…。

弁当箱はもう一つ、弁当セット全体が菊型に形作られているインパクトの強いものが出てきました。菊の花弁型に盛り上がった天板の隅々まで丁寧に蒔絵が施されています。この凹んだ部分に蒔絵をするのは大変です。職人さんの苦労が想像されます。主役の弁当箱はボーダーのモダンなデザイン。水平に走る帯ひとつ一つが異なる模様で表されていて、デザイナーのバランス感覚の鋭さが光ります。この弁当箱は酒入れが面白いです。酒入れ全体が竹の形を模して作ってあり、全体が梨地できらきら光っています。竹の形に彫ってあるのか下地で形を作ったのか、当時はそこまで繊細に観察する力がありませんでしたが、改めて考えてみるとスゴい仕事だったことが思い出されます。

さて、次に見せていただいたのが、香道具です。足付きの箱の中に二つの六角の箱が納められています。これだけでも、充分魅力的なのですが、さらに六角の箱を開けてみると中には菱形の香合がぴたっと美しく納められています。このぴたっと感に異常な高揚感を覚える日本人は私だけではないでしょう。にやにやしながら、つまんで引き出せるようになっている底板とともに3つの香合を取り出し蓋を開けてみます。すばらしい仕事です。合わせて3重の箱になっている訳ですが、どの箱も内側の隅まできれいに梨地が施されていて、見事です。台の縁に描かれたタコ唐草(名称が好きです)も良いです。菱形の香合は、蓋に向かい合わせの鶴や蝶が粋なデザインで蒔絵されていて平成育ちの自分が見ても斬新な気がします。きっと当時のドイツ人もにやにやしながらこの箱を愛でていたことでしょう。さすがは一流のお城のコレクション。どれも目を見張る強者ぞろいです。

今日はこれくらいにしておきましょう、のセンセイの合図で調査は終了。文章で書くとあっさりですが、これだけ見るのにもたっぷり半日以上掛かってしまいます。調査のあとはお城見学です。広いお城ですから一人で歩くと迷子になってしまいそうです。中でも注目の部屋はオペラハウス。なんと城の中に劇場があり、特別に裏の機械仕掛けまで見せていただきました。昔はこれらの装置を全部人力で動かしていたと言うから驚きです。今はなんでも機械任せですが、達成感と言う意味ではこっちの方がエンターテインメント性は高いかもな、と思いつつ年期の入った芝居小屋をしげしげと眺めるのでありました。